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独創性における「型」の重要性について

昨夜は久しぶりに新書を一気読みしました。

お笑い芸人に関するメディア記事やインタビューをつなぎ合わせて、芸人たちの素性を描きつつ視聴者目線での芸人の明確な位置づけを語る、といった内容の本です。さらっと読めて面白い。

僕が一番好きなお笑い芸人は(学年が同じこともあって)オードリーなのですが、本書にも1章さいて登場します。オードリーファンとしては、オードリーの生態や彼ら特有の「型」についての語りが多く、若林さんのトーク力に一切触れてないことがちょっと不満でしたが。

さて本書ですが、

  • 自分らしさとは何か
  • 虚飾や演技とは何か
  • ヒットと定番とは何か
  • 才能と実力主義世界

みたいなテーマと照らし合わせて読むと面白さ倍増かと思います。

本書に通底するテーマとして(文章中に明文的に書かれてはいないのですが)、芸人が売れるというのは自分の「ポジションや型」が見つかったとき、というのがあるように思います。

なので本書の文章構成は、取りあげる各芸人の「型」を描写し、その型を確立するに至った経緯やその背後にある芸人の素顔を重ねて述べる、という風になっています。

この「型」というのが面白い普遍的な概念じゃないかと思いました。

例によって、以下で持論を少し。

自分らしさとは何か:それは型である

自分らしさ、独創性、オリジナリティというものは、作り手と受け手がいて初めて成立しますよね。

まず作り手の視点における「型」というものを考えてみます。

それは、オリジナリティの安定大量生産手段じゃないかと思います。

型がないと、繰り返し再現でませんし、視聴者に毎回自己紹介しなければならなくなります。逆にオリジナルな自分の型があれば「キャラづくり」さえも何パターンも可能になるでしょう。

では受け手の視点における「型」とは何でしょう。

それは、受け手に負担を掛けずに「コンテクスト」を共有してもらう手段じゃないかと思います。

というのも、オリジナリティの強いものというのは世の中にまだないものなので、受け入れられるのにはエネルギーが必要になります。そのアウトプット一つ一つが受け手にとってはバラバラの「例外」に映るでしょう。受け手からしたら新しいものというのは非常に大きな揺らぎがあるように見えるわけです。

なので何らかの一貫性でくくりとってあげないと、特にテレビのような瞬間消費の世界では「なんだかよくわからない」と思われてしまいます。一貫性をくくり取る「型」があれば、素早く消費者に「コンテクスト」を共有させることができるようになります。

お笑い芸人それぞれが「型」を持つ必要があるのは、そういうことなのでしょう。

虚飾や演技とは何か:それは型である

型というのは「素の自分」から確立されるべきものではありますが、素の自分そのものではありません。型というのは1人称と2人称と3人称の意味合いを少しずつもっている概念だといえます。

虚飾や演技というのは、その1〜3人称の形態を通常とは別の形に変形する行為のことです。変形には自由度がありますが、毎回その自由度を許していると大変です。

そこで「型」を持つことによって、一人の人格が持つ1〜3人称の変形形態を固定させることができます。

型という概念にはそういう意味合いもあるのでしょう。とても興味深いことだと思います。

ヒットと定番とは何か:それは型である

僕はお笑い芸人の芸というのは、普段我々が日常生活で行っている人間関係を「ごはん・主食」だとしたら、芸人の芸を消費するそれは「おやつ・デザート」みたいなものじゃないかと思います。

主食は、毎回変わり映えしなくても、そんなに問題ありません。けれど、おやつやデザートは、よく知ってる定番を消費したい気持ちと、新しいものや変わったものをどんどん試してみたくなる気持ちが両方あるでしょう。まぁ、おやつに限らないといえばそれはそうで、美食・ごちそう全般でそうですよね。

そうしたデザートやごちそうの世界では、目新しいものがどんどん出てきます。その中で少数がヒットし、さらに少数が定番として定着します。例えば「プリン」は定番です。プリンというのは一つの「型」でしょう。

つまり型という概念には、ヒットと定番という二つの側面が含まれていると思うわけです。

前節に引き続き、それ以上のことは考えてないのですが、型という概念の興味深い多義性として何らかの示唆になればいいなと思います。

才能と実力主義世界:それは型である

才能がある人は、さしたる努力をせずとも社会的に意味のある成果を出してしまいます。

しかしそもそも才能というのは実体ではなく現象を描写する語だと思います。つまり、成果を出すにあたって相対的に投下するリソースが小さく済んでいる現象を、その人の資質に引き戻して描写している言葉だと思うのです。

これまで書いたようにお笑い芸人における「型」はアウトプットの生産性を飛躍的に向上させ、消費の敷居を下げる働きがあります。

それは、どんな分野にでもいえることなのではないでしょうか。才能のある人とは自分の型を発見した人なのではないでしょうか。そんなことを思います。

終わりに

じゃあ、あなたが「自分の型」を発見するにはどうすればよいのか。

それは、僕にはわかりません。けれど、冒頭で挙げた本には、お笑い芸人たちがどのようにして自分の型を見出してきたのかが詳しく描写されています。

なので興味がありましたら、読んでみるといいかもです。