イノベーションを生み出す3つの思考類型
今日はいつもとはちょっと違う味のエントリを書いてみます。
イノベーションを起こすための考え方というテーマは、色んなところで色んな言説が飛び交っていますが、私はそれらは大きく分けて3つに集約出来るのではないかと思います。
ここでいうイノベーションは、ガンの特効薬の「発明」といったR&Dそのもののブレイクスルーについては脇において、「新結合」つまり製品やサービスとして社会を変えるという意味でのイノベーションに焦点を当てています。
自己ニーズ追及型
まず「自分の作りたいものを作る」という考え方があります。Ruby on Railsを生み出した会社でもある37シグナルズの代表ジェイソン・フリード氏が著書「小さな会社大きな仕事」の中で言ってるように、自分たちが欲しいもの必要なものを作り、同じく必要としている人たちを巻き込んで社会を変えるというものです。
Railsもそうですし、Ruby自体まつもとゆきひろさんが自分が欲しくて作った言語ではないかと思います。
そしてスティーブジョブズが成し遂げたイノベーションもこの類型です。ジョブズ氏は個人がコンピューティングのパワーを持つことで力を増すことを良しとするヒッピー的な理想を持った人でしたよね。ゼロックスのパロアルト研究所でウィンドウシステムのGUIに出会ってマッキントッシュという形でプロダクトにしたのも、そういう理想が第一にあったからだと思います。
この類型は、社会よりも自己を見て何かを生み出す方法なので、うまくいかなかった場合はすごく独りよがり・エゴが目立ちやすい結果になりがちです。とくにタイミングを違えて流行らずに終わるというのはこの類型です。理想そのものは人間そんなに違いはないので「面白さ」すら伝わらないってことはあまりないと思いますが、それが切実なニーズを満たして実際に社会に普及するかどうかはタイミングによります。スティーブジョブズは大成功もしましたが、全く売れずに終わった製品をいくつも出していることは有名ですね。
要素分解再構成型
つづいて要素分解を徹底的にやってそれを再構成するというやり方です。TEDにあるイーロンマスクのインタビュー動画の中で、次々と革新的なビジネスを成功させる秘訣を聞かれたイーロンマスクは「自分にも分からない」と謙遜しつつも、「物理学の方法が良い思考のフレームワークになっている。物理学は、量子力学のような直感に反することを考え出す良い方法です。」と言い添えています。
例えば電気自動車というビジネスを成功させる条件・事業のやり方を考えるとします。社会が求める「モビリティ」というテーマがまずあって、それを徹底的に要素に分解します。
例えば乗用車というプロダクトコンセプトはユースケースがレジャーや仕事で主に個人所有のモビリティであり、定員数(セダンなら4,5名、ワゴン・バンなら7,8名)とか購入単価とか燃費とかいったスペックはそのユースケースをさらに要素分解し、それを充足させるテクノロジや機能をデザインして再構成させると出来上がります。
そしてプロダクト自体だけでなく、その用途をささえる社会インフラ側の諸状況、例えばガソリンスタンドの普及状況、石油の価格動向、高速道路網の現状と未来の建設状況といった事柄も徹底的に要素分解します。さらに乗用車の代替手段となるモビリティ、例えば電車とかバスのような公共交通手段、またレンタカーの利用動向(買うから借りるへのシフトとか)も、合わせて要素分解します。
この考え方のポイントは、いま存在するプロダクトやそれを取り巻くインフラなどは、本来満たしたいニーズやユースケースを「それが生み出されたときに可能だったテクノロジや文化や人々の習慣等の諸条件」を使って構成されたものであり、テクノロジの進歩や生活習慣や文化といった条件が変わればそれらを使って「同じニーズを満たすプロダクト・サービス」を再構成できるはずだ、というところにあります。そういうイノベーションの形は、特に技術革新、例えば馬車から鉄道へ、というイノベーションにおいて顕著でしょう。
メタファー適用型
3つ目は、全く異なる分野の知識を転用するアプローチです。
例えば、2011.3.11の大震災で福島の原発事故が起きた際に、放射能で汚染された水が漏れるのをどう食い止めるかという大きな課題が発生ししたときに原子力工学の専門家が色々と対応策を議論しましたがいい方法が見つからなかった時があったそうです。そこで(詳細は忘れてしまいましたがたしか)下水道の配管の専門家が招かれて対応にあたった結果、こういうケースはよくあっていい方法があるということで簡単に解決してしまったのだそうです。そういう風に、異なる分野の知識がそのまま適用できるケースというのはこの類型の典型的なイノベーションの例です。
そういう知識の直接転用だけでなく、アイディアの転用によってもイノベーションは起こせます。例えば、今やすっかり庶民のおなじみの「回転寿司」は、元禄寿司の創業者である故・白石義明氏が製造業の工場で使われていたベルトコンベアを使って寿司を提供する方法を思いついて実際にやったのが起源です。
またこの類型は、特に料理人やパティシエの世界では新しいものを生み出す主流の方法だと思います。例えば豆腐ハンバーグという料理がありますが、これは豆腐を肉に見立てて、あとは普通のハンバーグの調理法を適用したようなものです。豆腐も肉も植物性と動物性の違いはあれど同じタンパク質という栄養素でありそれだけに触感や風味もそれなりに共通性があります。そういうものをつなぐのがメタファーの力です。このようにレシピというのは特にメタファーで新しいことを生み出しやすい知識のカタチだと思います。
まとめとおまけ
本エントリでは、イノベーションを生み出す思考様式の3つの類型について書きました。
これら3つは互いに排反というわけではなく、もちろん組み合わせで使われることも良くあると思います。例えば最近欧米ではデザイン思考という思考法がビジネススクールや新規事業企画の実務において使われているそうですが、デザイン思考は上で挙げた2番目と3番目の類型の組み合わせ(要素分解再構成+メタファー)に相当すると私は思います。
最近読んだ本でイノベーションについての面白いたとえがあったので紹介してこのエントリを締めくくろうと思います。
イノベーションが起きる条件は2つある。それは社会のニーズの側と、それを実現可能にする手段の側だ。それらはちょうど時計の長針と短針のように独立に動いている。そして2つの針がピッタリ一致した時にイノベーションが可能になる。それこそが、イノベーションが不連続的に発生する理由なのである。*1
*1:本が手元に無いので思い出しで書きましたので字句はちょっと違うかもしれません