マーケット・ギーク

3日間のブランクを作ってしまいましたが、また復活しようと思います。のべ10日目。

今日のテーマは「マーケット・ギーク」。耳慣れない言葉かと思いますが、それもそのはず、これは筆者の造語です。「グロースハッカー」という言葉が少し流行ってるみたいですが、それに近いニュアンスの概念を最近考えたので書きます。

エンジニア起業家が技術にこだわってしまいがちな理由

エンジニアが起業する理由として、自分のオリジナルプロダクトを世に問いたい、という気持ちが少なからずあるのは日米問わず存在する事情だろう。そんなエンジニア起業家が陥りがちなワナとして、「良い製品を作れば売れる」とか「高機能であるほど価値がある」という観念にとらわれ過ぎるあまりニーズをとらえそこなってしまうというのがある。
しかし、仮にニーズをとらえるプロダクト企画が出来上がったとして、そこにテクニカルな面白さや先進さや斬新さが一つもなかったとしたらエンジニア起業家は果たしてその企画に沿ってプロダクトを最後まで作り上げるモチベーションを維持できるだろうか、という問題はどうしても付きまとう。
自分の技術に愛着を持っているからこそモチベーションを高く保てることもあるわけで、ビジネスに徹して技術を完全に手段だと割り切れるマインドを持ったエンジニア起業家はめったにいない。なので巷のビジネス書によく書かれている「良い製品だからといって売れるわけではない」というドグマは、「通ってはいけない道について警告している」のではなく、「通らざるを得ない道の厳しさ」を語っているとみるべきだ。

マーケットに徹するエンジニアはコミュニティで尊敬されない

エンジニアのコミュニティは、使いこなせる技術の高度さやスキルの熟達度合によって評価されるムードがあり、「枯れた技術を使って安定した品質のモノを安価に作り上げる」といった経営視点での評価基準とはベクトルが異なることが普通だ。もちろんエンジニアの世界にも「とはいえ、ビジネスガン無視キメちゃうのはちょっとイケてないよね」みたいなムードも混ざっているので、巷の人気ある技術系勉強会のタイトルには「ビジネス活用」といったキーワードがつくことが少なくないものの、エンジニアの理想は「テッキーで高度なこととビジネスが両立するのがベスト」というものであり、「誰でも出来るコモディティな技術で人員依存リスクを最小化する」という視点にはあまり興味が持たれにくいことは確かだ。
というのもエンジニアとして一番怖いのは「自分が代替可能な存在になってしまうこと」なので、経営視点とはどうしても構造的に矛盾してしまいがちなのはうなずけることではある。

しかし、本当に構造的に仕方がないのだろうか。技術を徹底的に手段としてとらえ、商品と技術を常に切り離して考え、必要ならば陳腐な枯れた技術を枯れたやり方で適用することに美学を感じるという「枯れた技術オタク」のような道を推奨するコミュニティは作れないのだろうか。

リブセンスやDMMという技術コミュニティ

「枯れた技術オタク」を奨励するムードは、一つの企業に限って社内でそういうコミュニティを形成することなら可能だと思う。完全に筆者の主観的なイメージに過ぎないが、リブセンスという会社やDMMという会社にはそういうムードを感じる。そういったコミュニティの運営者が意識しないといけないのは、メンバーに「君は代替可能な存在だ」というメッセージをどうしても与えてしまうという点であり、したがって運営者はそれを補う何かを提供しなければならない。「枯れた技術オタク」的な評価基準をコミュニティ内で定着させられればよいだろうが、巷のエンジニアの世界とは相いれない価値観なので、色々工夫が必要だと思う。

その工夫の一つとして、「マーケット・ギーク」という概念を提唱したい。これは経営目線で最もリスク対効果、投資対効果が高い技術を選ぶスキルや、プロダクトの機能開発をユーザの求めるレベルまでで止めるスキルや、新しい技術を業界内で先陣を切って試すのではなく、エッジの効いたコミュニティが試したレポートなど他社動向を常にウォッチしリスクと効果が見合うタイミングを見計らって社内の技術部隊へのスキルシェアなどを行うスキルといったおいしいどこ取りに美学を感じるような人のことを指す。完全に経営視点での「技術」スキルを追及する、しかもしれをほぼオタクと呼べるレベルまで経営目線にこだわりぬくような人、それをマーケット・ギークと呼ぶのはどうだろう?

というわけで

ブログ書かないブランク期間でネタがたまったので頑張ってまた続けたいと思います。

ではまた明日。